登山におけるリーダーの責任

登山におけるリーダーの責任

2024年の公判事例(那須岳)

先日、那須岳での高校生登山部の雪崩事故に対して引率したリーダー達に対する刑事訴訟の判決が出ましたが、過去の公判事例を思い出させる一件でした。

対象は3人の引率教諭であり、それぞれが県高体連の責任者、副責任者そして部長といった立場であり、「相当に重い不注意による人災」と指摘され、3人に禁固2年の実刑判決が言い渡されました。

裁判の焦点は雪崩発生の予見性有無や事故回避のための安全確保措置妥当性であり、判決では高体連主催の春山講習という位置付けであったが学校教育活動の一環であり「安全確保が強く求められていた」と指摘され、傾斜角や前日の降雪量などから雪崩の予見が可能であった、また大人数での歩行訓練が弱層を刺激し雪崩を誘発させ死傷事故を発生させる恐れが懸念される状況にあった、よって3人が事故を回避する措置を怠ったとの判決に至ったとのことです。

ニュースで裁判の結果を読んだり、事故調査のレポートを読みながら、登山でもリーダーの「安全配慮/注意義務」ということがいっそう問われる世の中に変化してきていることを感じた一件となりました。

山岳遭難関連の訴訟例

民事訴訟例

判 例被 害 者被 告事故の内容判 決
都立航空高専
(78年3月)
教諭、高専生、OB10名の内、7名東京都表層雪崩死亡引率教諭の過失認める
八ヶ岳滑落事故
(78年4月)
31名の内、女性1名協会、リーダー他3名残雪で滑落死亡、アイゼンなし3割過失相殺
武蔵工大
(79年3月)
ワンゲル4名の内、1名山頂で滑落棄却
厨子開成高校
(80年12月)
高校山岳部6名と顧問教師1名学校と校長吹雪で谷へ下降、全員死亡賠償金で和解
京都洛北高校
(83年7月)
高校山岳部4名の内、1名京都府渡渉中溺死棄却
東京青稜会転落事故(85年5月)山岳会員2名の内、1名パートナー岩登り中、確保不良重症3割過失相殺(2133万円)
灘校六甲山
(85年11月)
高校の集団登山の内、1名学校落石死亡棄却
石鎚山転落事故
(86年5月)
中学の集団登山の内、1名今治市転落重症容認(452万円)
五竜遠見尾根雪崩(89年3月)高校教諭1名山岳総合センター雪崩で死亡容認
弘前大学
(94年1月)
4人パーティの内、サブリーダー1名リーダー、先輩、国冬の岩壁で滑落棄却
神崎川
(98年7月)
6人パーティの内、2名リーダー渡渉確保中、滝壷に転落死棄却
羊蹄山ツアー登山(99年9月)女性登山者2名添乗員と旅行会社道に迷って凍死謝罪と和解金7150万円の支払
板取村中学ハイキング(01年6月)中学生6名教諭、校長ら5名落石で死傷4000万円の損害賠償で和解
大日岳雪庇崩落(02年3月)講習会受講生の2名雪庇崩落謝罪と和解金1億6700万円の支払
民事訴訟例

刑事訴訟例

判 例被 害 者被 告事故の内容判 決
芦別岳遭難
(52年6月)
教諭、高校生、7名の内、生徒2名教諭転落死亡有罪(罰金3万円)
谷川岳ガイド登山
(75年5月)
女性登山客1名
(52才)
山岳ガイドロープを外した直後に滑落不起訴
青井岳キャンプ遭難
(76年8月)
教諭、中学生、12名の内、9名教官川で溺死無罪
朝日連峰遭難
(67年4月)
教諭、高校生、5名の内、生徒3名教諭吹雪で凍死無罪
ニセコツアー登山
(春の滝雪上散策)
(98年1月)
女性登山者2名山岳ガイド雪崩で1名死亡
1名負傷
有罪(禁固8ヶ月執行猶予3年)
羊蹄山ツアー登山
(99年9月)
参加者14名の内、
女性登山者2名
添乗員道に迷って凍死有罪(禁固2年執行猶予3年)
板取村中学ハイキング(01年6月)中学生6名教諭、校長ら5名落石で死傷不起訴
大日岳雪庇崩落
(02年3月)
講習会受講生の2名講師雪庇崩落、埋没不起訴
十勝岳ツアー登山
(02年6月)
18名中男性登山客1名
(65才)
添乗員(53)とガイド(56)悪天候(吹雪)による凍死不起訴(起訴猶予)
トムラウシ・ガイド登山
(02年7月)
女性登山客1名
(58才)
登山ガイド台風接近による暴風雨により凍死有罪(禁固8月、執行猶予3年)
屋久島沢登りツアー
(04年5月)
ツアー客の男女4名死傷山岳ガイド鉄砲水による渡渉の失敗、溺死有罪(禁固3年執行猶予5年)
白馬岳ガイド登山
(06年10月)
登山客5名の内、4名死亡悪天候(吹雪)による凍死
刑事訴訟例

リーダーの責任が問われ始めた頃

私が過去に見聞きしてきた事例でリーダーの責任が問われ始めたのは「1994年の弘前大学涸沢岳雪山合宿滑落事故」あたりではないかと思います。
1994年元日、涸沢岳西尾根で、弘前大学医学部山岳部パーティのサブリーダーがバランスを崩して滑落し、死亡した事故で、96年冬に遺族は先輩部員・山岳部OB・リーダー・国を提訴したものです。

判決では『大学山岳部や社会人山岳会での登山は、ある例外を除き、リーダーであっても、山行の計画の策定,装備の決定,事前訓練の実施及び山行中の危険回避措置について,メンバーの安全を確保すべき法的責任まではなく、原則的には自己責任である。』と遺族の請求は棄却されたものの、『例外』の内容が私たち社会人登山者に対して警鐘を鳴らすことになったのです。

登山における責任

改めて登山に対する責任を簡単にまとめてみると以下のような責任があります。

1.商業登山:ツアーなど金銭授受を伴う契約を持った登山においては、その企画販売者や現地パーティー引率者には「安全配慮義務」があります。
そして、登山の企画や遂行において、故意または過失による山岳事故が起きてしまった場合、企画販売者や引率者(リーダー)に損害賠償責任が問われますし、安全配慮義務を果たしていない場合はその責任を問われることにもなります。

2.学校登山:学校などで登山を行う場合は学校や教師は生徒の安全を守る一般的な義務及び契約に基づく安全配慮義務を負うことになります。

小中学生は自分の安全を自分で守るには心身の発達が不十分で、学校主催の登山やハイキングでは新卒教師等の安全配慮義務が重いものとなりますが、高校生になれば成人に近くなり引率者の責任は小中学生のそれと比べれば小さなものになるようです。

3.講習会、研修会:主催者や講師に、講習契約に基づく安全配慮義務や受講生の安全を確保すべき注意義務が生じるとされています。

4.大学生や社会人の団体:これら心身の発達が十分な団体は自主的な活動の面が大きく、大学や山岳部といった団体ででは原則として安全配慮義務を負わないとされてきました。

以上のように、引率者に安全配慮義務が発生する場合は、旅行者と客、ガイドと客、教師と生徒、講師と受講生など主催者・引率者と参加者の間に特別な関係がある引率登山においてであるとされてきました。
そのような特別な関係が存在しない仲間同士の登山や社会人山岳会、大学山岳部などの場合には、原則として参加者に対する安全配慮義務等は生じないと考えれてて来たわけですが、1994年の涸沢岳事故判決で「例外」が認められたわけです。

安全配慮義務に注意

さて、その「例外」とはどのような場合を指しているのでしょうか。
判決では『参加メンバーがその山行をこなす相応の実力がないなどの理由で、事故の発生が極めて高い確率で予測される時である。』とされました。
つまり、メンバーが初心者の場合や、過去の登山経験と比較して明らかに難易度の高い山行に連れて行く場合等は事故発生の予見性が認められるので、仲間同士や山岳会の主体的な登山でも、団体や現地リーダーはその安全を確保すべき法的責任があるということになるわけです。

世の中の変化と私たちの心構え

日本人は欧米人と異なり「自分が受けた不利益を訴訟で解決する」ことはあまり行わない、どちらかと言えば一方が我慢をしてうやむやのまま終わるといった文化だったのかと思いますが、世の中がガバナンスやコンプライアンスの順守といったことを重視するように変化してきて、更にはハラスメントで泣き寝入りなどあってはならないという文化に変わってきました。

そのような日本人の気質の変化がある中で、登山についても私たちは考え方を新たにしてゆかなければいけないのではないでしょうか。

1年位前だと思いますが、埼玉県の小鹿野でクライミング練習中のクライマーが落下して怪我をするという事故がありました。その場所は誰もが自由に使えるクライマーの練習場であり、安全確保は自己責任ということが大前提らしいのですが、落下したクライマーは残置していた金具を利用した所、これが外れて落下したのだから、その場所の所有者の管理責任があると訴訟を起こしたそうです。

この訴訟の是非を述べるつもりはありませんが、このような「登山は自己責任が原則」という認識を持たない登山者が増えていくのであろう不安や、先に紹介した「初心者を連れて行く場合の責任」など、社会人パーティーの登山では「安全配慮義務」が存在することを全員が認識して計画や行動をすることが必要な時代になってきていると思います。
世知辛い世の中になっていくのも好きではありませんが、先ずはパーティーメンバーの絆を高めて、責任論にならないような付き合いが大事になってきますね。こんなことを言ったらあの人が傷つくから言わない…といった一見良さそうな配慮が仇になってしまうこともあるのが登山です。どんなことでも少しでも不安があれば意見を言い合える関係が大事で、これからの山行に求められることだ!と思うのですが…いかがでしょうか?