警察庁から2023年の山岳遭難データの発表がありました。
山岳遭難と聞くとまず思い浮かべるのが、世間ではいかにも中高齢者がその原因かのようなことを言われていることで、救助費用の無駄遣いや登山届がでていないやら保険に入っていないやらと、マスコミはニュース受けするような記事を流すだけで、いつも悪者扱いされていることに悔しい思いばかりなのです。
何故悔しいかというと、警察庁のデータというのは年齢別に何人の遭難者や死者・行方不明者が出たのかという絶対値を並べただけであり、中高齢者の登山人口が多ければ遭難者も増えるだろうし、年齢別の登山人口を基準として遭難者がどの程度の割合で発生しているのかを見ないと正しい評価にならないのだろうと常々思っていたからです。
ということで、今回は登山人口基準での正しい数値評価をちょっとしてみようかと思います。
目次
登山者人口の推移
まず初めに登山者人口の推移を見てみましょう。
下のグラフは公益財団法人日本生産性本部が毎年発行している『レジャー白書』に掲載されている登山者人口です。
3000件程度のアンケートを基にして、全人口における登山者(一般登山やハイキング、クライム、沢登りなどを含む)を推定しているデータです。
平成の登山ブームと呼ばれていた1990年代はおおよそ800万人ぐらいの登山人口であったとされています。
その後、2009年に雑誌「山と渓谷」で火が付いた山ガールブームで一時1000万人を超えた時期がありましたが、コロナ禍明けで登山者が増えたとはいえ、全体のトレンドとしては登山人口は減少してきています。
その背景には昭和の登山ブームを若いころに経験してきた「団塊の世代」が主に登山を牽引してきたと思われますが、彼らも70歳を超える年齢層になり、徐々に登山者が減っているのではないかと思われます。
年齢別登山人口と推移
では、年齢別でどのくらいの人たちが登山を楽しんでいるのか見てみたいと思います。
表は総務省統計局が5年に一度行っている「社会生活基本調査」から登山を楽しむ国民の年齢別行動者を一覧にしたものです。
この調査は5年毎に行われ、無作為に20万人を抽出して、普段の生活の中で国民がどのようなスポーツを行っているのかを調査したものであり、先の「レジャー白書」とはやや異なる結果となっています。
2006年から2016年まで1000万人が登山を楽しんでいるとの推定になっていて、山ガ-ル時期の調査結果が無く、2021年はコロナ禍で800万人程度に減少したとの推定です。
年齢別の登山者人口はこの「社会生活基本調査」しか入手できませんでしたので、今回はこのデータを基にして進めることにしました。
特徴として気付くと思いますが、表中の黄色で示した年齢層が「団塊の世代」が含まれる層です。
やはり過去は団塊の世代に登山が牽引されてきたこと、そして近年になると行動者が年齢全体に渡って一定になりつつあることがこの表からもお分かりいただけるかと思います。
山岳遭難の推移
続いて山岳遭難の内容について推移を調べてみたいと思います。
山岳遭難件数
初めに単純な遭難発生件数について、警察庁発表の「山岳遭難の概要等」にありますグラフを見てみましょう。
グラフには「遭難者」と「負傷者」「死者・行方不明者」が表されていますが、平成元年(1989年)あたりから遭難者の人数が多くなっていることがわかると思います。
登山者人口は平成に入ってから増加せず、平成12年(2000年)以降も変化が無いかまたは減少の方向にあるようなのですが何故遭難者が大きく伸びてしまったのでしょうか。
その理由を先人が紐解いてくれた文献などから読み取ると、どうやら2000年から10年間くらいは携帯電話の普及と大きな関係があるとのことでした。
下のグラフは携帯電話やPHSの普及率を表したものですが、確かに1998年には40%程度まで普及し、山岳地帯にも電波が届くようになってきた頃でしょう。
また、2010年以降の遭難者の増加についてはブログやSNSの発達によって登山情報が共有されるようになり、登山を甘く見て入山する人が増えてきているという分析が一般的なようです。
一方、同じ平成元年あたりから、負傷者も増加しています。そしてこの主たる要因が平成の登山ブームで中高齢者の登山者が増えたために負傷者も増えている…と世間では言われているわけです。
🔳携帯電話+PHS普及率グラフ(参考)
種別発生件数
さて、引きつづいてどのような種類の遭難が多かったのか、またどのように変化してきたのかをまとめてみました。
データは警察庁が毎年発表している山岳遭難の概況等を利用し、2006年、2015年、2023年の推移を追ってみました。
一目瞭然ですが、山岳遭難に至る大きな原因は過去も現在も「道迷い」「滑落」「転倒」となっています。
不思議に思うのは、10年くらい前になるでしょうか、スマ-トフォンの利用が増えてきていることにより、登山地図をダウンロードしGPSで自分の位置を確認しながらの登山ができるようになっていると思うのですが、未だ道迷いが一位というのは何故なのかな?…と思ったりして。
紙地図+コンパス、そしてスマホのGPSなどを持たずに入山する方々がまだ多いということなんでしょうか。
年齢別発生件数
それでは核心の年齢別遭難発生件数を見てみましょう。
警察庁が発表しているデータでは「中年」を40歳以上と定義していますので、メディアが目の敵のように訴える「中高年者が遭難の主役」というのはグラフに表しましたように約80%(2023年)を占めていることに言うものです。
そこで冒頭に書いたように、登山人口は中高年者で牽引されてきたのであれば、当然登山人口も多いはずで、年齢別の遭難者を登山人口比率で見なければ正しい評価にならないのではないか?…というジジイのひがみに至るのであります。
年齢別発生件数/登山人口比率
それでは遭難数を登山人口比率で計算してみようと思いますが、登山人口については先の「社会生活基本調査」を、そして遭難者数は警察庁発表の「山岳遭難の概況等」を利用しました。
ただし、前者が5年に1回の調査であることと、警察庁発表値も内容が集計方法の変化があり、表1のようなデータでの比較となっています。
計算結果を表で示しますね。
数値の羅列でわかりにくいですね。
では、登山者人口に対する遭難者の比率をグラフにしてみましょう。
さて、このグラフを見てどのようなことを皆さん感じますでしょうか?
先ず特徴的なことは「80~89歳」の層が最も遭難者率が高いですね。
0.14%というと、1000人入山すると1~2人は遭難していることになるので、決して小さな数値ではないと思います。
そしてすべての年齢について言えることが、年々遭難者率が大きくなっていることがわかります。
一般的には時代の変化に伴い、道具や環境、そして登山者の意識など様々な改良があって遭難者率が下がっても良さそうなものですが、予想外の結果になりました。
年齢別では80代に続いて「70~79歳」が多いのですが、やはり体力や運動能力の低下によって遭難者率が高くなっているのではないでしょうか。
一方、「20歳未満」が70代と同じくらいの遭難者率にとの結果も少し驚きがありました。
20歳以下というとかなり巾がありますので一概に言えませんが、16歳くらいになれば体格・体力的には成人に負けないくらいになりますが、小学生ならば未だ体力的な問題が出ていたりするのかもしれません。
概ね言えることは、知識や経験不足などに起因するような事故が多いのかと。
さて、疑問に思っていた「中高年登山者が遭難の主要因」というところですが、グラフを見渡す限り40代は20代・30代とほぼ変わらない遭難者率なので、いうならば「50代以上の年齢は遭難者率が高いので注意してください」…ということですね。
死者・行方不明者の推移
ここまでは遭難者の数を見てきましたが、ここからは「死者・行方不明者」について同様の方法で分析してみたいと思います。
死者・行方不明者の推移
改めて長期の推移をグラフで見てみましょう。
死者・行方不明者については平成初期には200名前後でしたが、じわりと増え続けて最近では300名を超えるようになってきました。
年齢別の比較を行ったグラフを次に表しますが、直近約10年間では総数に変化はないものの、中高齢者によるものが大半であり、特に70歳以上はかなり増加していると言わざるを得ません。
年齢別 死亡・行方不明者/登山人口比率
それでは遭難者数と同じように登山人口に対する比率を計算してみたいと思います。
2006年については警察庁から年齢別のデータが開示されていないため、2015年と2023年の比較を行いました。
そして登山人口に対する死者・行方不明者比率をグラフにしてみますと…
ほぼ高齢になるほどその比率は高く、特に80代、70代は比率が高いのみならず悪化していることがうかがえます。
もちろん高齢になれば体力的な厳しさも増し生存率は下がってしまうのでしょう。
総じて高齢になるほど登山の危険は大きくなるものだということは肝に銘じておかなければなりませんね。
まとめ
以上のように登山人口に対して年齢別でみた場合に本当に中高齢者が遭難を生んでいるのか?という疑問の一端を紐解いてみましたが、残念ながら概ねは年齢が上がれば遭難したり死に至ったりする確率は上がるという結果でした。
登山が多くのリスクをとって行うスポーツである以上、体力や身体能力の低下に伴ないリスクが大きくなることはやむを得ないことだと思います。
一方で20歳以下の登山人口比遭難率が高いのは知的情報や経験の少なさからくるものが多いのではないかと感じましたし、どのようにすれば高齢者や若年層の遭難件数を減らせるのかを考えるうえで、遭難事例の詳細を開示していただければ、更に深堀ができますし具体的な警鐘のならし方が見えてくるとも思いました。
ご意見等お待ちしています。